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「ほめたたえ尽くせない方」

「主はほめたたえ尽くせないお方」だということが強く感じたんだ。


いつものように、朝起きて主の前に出た。
最近、土曜日は、チャペルに行って朝のディボーションの時を持ってたんだ。
それは、俺の部屋が居間の近くにあって、
あんまり大きな声で賛美したり、祈れないからなんだけど。

でも、起きた時間が少し遅くて、
あと、一時間ぐらいしたら、キッズのメンバーとか集まってくる時間だったんだ。
だから、家で主の前に出ることにした。
本当はチャペルに行きたかったけど。
そのほうが主の前に、臨在の中に入れるような気がしてたんだ。

そんな思いで主を賛美し、祈りだした。
すると、すぐに示されたことは、
「主が居られるところに臨在が溢れる」ということ。
場所なんか関係ないということ。
神様がどこでも僕のそばにいるんだ。トイレでも温泉でも、ラーメン食ってる時でも、
チャペルでも、家でも、どこでもそばにいるんだ。

そのことが示され、主の臨在の中に入っていった。

すると、神様のタッチがあった。

先日、書いたように、僕はずっと砕かれることを祈っていた。
神様の前で砕いてくださいと。
神様は、その一部をしてくれた。

気づくと、俺は泣いていた。
昔はよく泣いていたが、今ではほとんど涙を出さなくなっていたんだけど、
泣いていたんだ。
神様が素晴らしすぎて。
神様があまりには偉大で。
あっ、今も泣きそうだわ。ははは。

心が震えるとはこのことなんだって思った。
息が詰まるんだ。息をすることも容易なことではなくなる。
この方を、賛美したいけど、
強く俺のうちにあったものは、
「賛美し尽くせないお方」というものだった。
ずっと、
「あなたはあまりにも偉大で、わたしの何をも持っても、主をほめたたえ尽くせません。」と
泣きながら祈ってた。
「我が魂よ。主を褒め称えよ」と祈ってた。
10分くらい泣きながら、頭をテーブルにグテッてしながら。

イザヤが主の前で「わたしはもうダメだ」と言った気持ちが少し分かる。
神様はあまりにも偉大なおかたです。
僕らが24時間賛美しても賛美しても、その栄光に届くことはできない。
何をも足りない。足りなすぎる。
遥か高いお方。
でも、そんなお方が俺らを喜ばれる。俺らの賛美を喜ばれる。
愛される。俺らの神様になってくださっている!


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「ハレルヤ。主をほめたたえよう。
あなたのような方は他にはいない。
ハレルヤ。主をほめたたえよう。
わたしの持てるもの、全てで主を

我が魂よ。とこしえまで主を褒めよ。
我が歩む道よ。全ての道で主を褒めよ。
わたしを購い、今も生きておられる主を、
わたしの全てでたたえよう。
とこしえまで。
とこしえまで。」

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