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「心の悪習慣」

先日、「行動の悪習慣」について書いた。
「悪習慣に打ち勝つ」(参照)

今日は心の悪習慣について書きたいと思う。

しかし、その前に書いておかなければならないと思うことがある。
それは、「いつもエラそーに書いていてすんません」って事です。
僕は、まだ23歳。
今、僕の中で形成されている考えも変化していっているということです。
ホントに自分自身、まだまだだと思っている。
勘違いをしていることも山のようにあると思う。
でも、今の段階で大切だなぁって思わされていることを書いてます。
ある人から見たら、「わかってないなぁ。こいつ」って思われる事も多いと思います。
だから、そんなときは「こいつ捜し求めてる途中なんだな」って思ってくれたら幸いです。
すいませんけど、多めに見てくださいということです。。。

では、今の段階で大切だなぁと思わされてることを書きます。

それは、冒頭に言ったように「心の悪習慣」についてです。

僕は自分自身の行動には、目を見開かせます。
悪習慣を示されたら、とことん戦います。
しかし、心の悪習慣にはどうだろうか。
それほど、警戒してなく、また戦わないことすらあります。

心の悪習慣とは、パターン化してしまった悪い考え方です。
相手がある態度を示したら、
自分の心はそれに反抗する心の態度を取るというのがパターン化すること。
また、ある状況になったら、決まって取る心の態度です。
怒り・文句・つぶやき・ねたみ・情欲・高ぶり・さばきなどがパターン化すること。

なぜ、その悪い考え方がパターン化してしまうのでしょうか。
それは、戦わないからです。

僕自身のことで言いますと、
悪い行動には、比較的ガードが固いと思います。
しかし、心のガードはゆるいと思うのです。

心はいいやって。
しょうがないって。
いや、戦うには戦うけど、
本気で戦わないといった方がいいかも知れません。
そして、心の思いは結局行動に影響を与えます。
本気で戦わなければいけないのは、本来心の領域なはずです。

しかし、どうも、行動の罪と心の罪を天秤にかけると、
行動の方が下がってしまうのです。
イエス様はそうとは言わなかった。
「兄弟に腹を立てるものは、誰でも裁かれます。」
「心の中で情欲を抱いて、女を見るものは、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」
その当時も、人々は行動だけに目が行っていた時代であった。
イエス様はそうじゃないと言われたのです。

人の目に正しく生きようとするなら、行動だけに目を止めればいい。
しかし、神の目に正しく生きようとするなら、心の領域で戦い始めなければならないと思う。


「人はうわべを見るが、主は心を見る」

そして、主の思いは続く。
「力のかぎり、見張って、あなたの心を見守れ。
命の泉はこれから湧く。」



この心から命の泉が湧くんだ。
そこから、喜びが流れ、
そこから、楽しみが流れ、
そこから、命が流れる。
あなたが生き生きと輝くことが出来る。
心は行動と強くリンクしているんだ。
そして、その泉を塞ぐ岩が、パターン化してしまった悪い考え方。

この戦いは、本当に激しい戦い。
それは、罪の根っこと対峙するようなもの。
だからと言って、ガードをゆるくしてはいけないと思う。
「罪びとだから」と言う言葉で片付けたくないんだ。

この戦いは忍耐が必要。
一夜では得ることが出来ない。
でも、まずその悪い考え方に抵抗しよう。
そして、そのような思いが来た時は祈ろう。
それを習慣化させよう。
悪い考えがきたら、祈りのスイッチが入るようにしよう。
御言葉の暗唱も必ず力になる。


神の目に正しく生きようとする。


「力のかぎり、見張って、あなたの心を見守れ。
命の泉はこれから湧く。」


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コメント

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御言葉はいつもアーメンですからね!
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